リメイクは勿論、洋服も、手作りできる物は大体作ってくれた?

拝啓 お母さま
素敵なメッセージを有難う。 貴女の産着の切れ端は未だ有りますよ。明治の息吹きを、昭和の色柄に染め直された、とても味わいのある色合い布柄の、もしかしたら江戸末期の他人の想いを込められてている絹、4人の貴女の娘達が着せて貰いました。 カラー写真が無いのが残念です。
とても嬉しく誇らしい母でした。
今年は忘れがたい誕生日と成りました。
後2ヶ月と5日で満100歳、数えで100歳の母の初七日(仏教でのイベント)が64歳の誕生日なのです。
貴女がやっと楽になり、私達姉妹や孫の私の理学療法士の娘も心配する事も無くなり、穏やか日がやってきました。
脈が弱り、不整脈になり、脈が穏やかに止まって行きました。深い深い眠りに付きました。
有り難いことに、最後まで母に温もりを感じて欲しかったので手に手を載せて、心残りなく見送れました。
母の産着が私達4姉妹の着物に染め直され 、尚も巾着(小袋)になり、
薄く擦り切れんばかりになって100年。
その巾着の中に貴女の名前が綺麗に桜といっしょに刺繍されたガーゼハンカチ、
87歳最後の海外旅行のパスポート、
愛着が有ろう毛糸の帽子( 持ち帰って洗ったら穴だらけだったので花柄のウールパッチングをしてあげました)を入れて持たせてあげました。
亡くなる前日にはドイツからFaceTimeが鳴り、ひ孫の声に目を開きテレビ電話が出来ました。
息を引き取っていても聞こえていると看護師や介護師さん曰く? さてさてどうかなぁ⁉️
私にとっても父とは18年の付き合いだったけど、母とはその後の長い付き合いです(ず~と近くの住居)。 夫とも、36年?これからも夫と仲良く過ごし、楽しい土産話を持参できるよう過ごしたいものです。
誰にでも来る別れでも彼方では知り合いが、自分のルーツが待っているかと思うとワクワクします。
下の娘が理学療法士に燃えていて、人生のパートナーに興味を示さないのだけが心残りですが、子供の人生~、唯一の年子の姉はドイツだし、、、。まぁ~テレビ電話で毎週末お喋りはしているようです。
私も自分にとっては広すぎる庭の手入れに人生を費やしているようで、勿体無い時間を過ごしてしまっているようです。
ある意味吹き溜まりの中での母の介護でした。 ここから脱しないと、さてさて、さぁ~始動です。
時間を大切に過ごしたいです。
今度は夢で逢いましょう。
楽しみに人生謳歌しようと思います。 お母さん有難う。
愛されているのを何時も感じていた娘より。
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